NPO法人 Serenity 〜自死遺族への差別偏見を失くす〜
Text Size :  A A A
|  News  |  代表活動日記  |  Link  |  代表紹介・講演お申込み  |  コンタクト  |  分かち合いの会  |  入会希望・寄付・カンパのお願い  |  定款  |  団体紹介  |  イベント動画  |
本日9月10日世界保健機関(WHO)が定める世界自殺予防デー。

この大切な日に自分なりに思う事を少し書こうと思います。

私の父は今から38年前に39歳という若さで自殺をしました。
当時私は13歳でした。

私自身、39歳という父が自殺した年齢を超えられるかどうか不安でたまらない毎日を過ごしていましたが家族や友人、みなさんの支えがあり現在41歳となりました。

ありがとうございます。
父も天国できっと喜んでいると思います。

しかし、ほっとした安堵感、嬉しさと同時に複雑な思いもあります。
父よりも年上になってしまった自分。生き延びた罪悪感。

39歳を超えるのが人生の目標になっていたところがあったので
これから何を目標にどうして生きていいのか。

少しぽっかりと穴が開いている状況でもあります。

自死遺族の中には「自殺予防」と声高に言われると
家族の自殺を防げなかった自分が責められているようで辛いという声があります。

私もそうです。

ただ、誤解してほしくないのは
自殺で亡くなる人が一人でも減って欲しい。

私のような辛い思いをする遺された人がこれ以上増えて欲しくない。

それは強く思います。

実際、私も長年自分を攻め続けていました。
13歳の私には父の自殺を防げるような力などなかったにも関わらず。

自分が39歳になって分かったことは
父はひとりで背負いきれないものを沢山背負いすぎていたんだということです。

もともと父親っ子だった私は
丁度、反抗期で父に冷たくあたっていたことを
「自殺の原因を作ったのは自分だ」と思い込んでいました。

それは父を愛していたからです。

自殺だけではなく、愛する人の死に直面したとき
人は「自分にもっと何か出来たことはないのか。自分の力が足りなかったのではないか」
と思い続けます。

それは当たり前の反応です。

しかし自殺の場合は「見捨てられた」という感覚が強く出るような気がします。
私の場合はそうでした。私は子どもの立場だからなのかもしれませんが
(自殺した人と遺された人との関係性によって反応は少し変わってきます)
父に見捨てられたんだという想いが怒りに変わり苦しかった。

私の場合はその直後、母も後追い自殺をしてしまいました。
未遂に終わりましたが、その時の後遺症で今も障害が残っています。

母の障害を見るたびに、私は父の自殺を思い出し
「あれは夢ではなかったのだ。現実なんだ」と38年経過した今も思います。

そしてその後、私も20代の時に一度自殺未遂をしています。
それも未遂に終わりましたが、もしかしたら親子3人みんな
自殺していたという可能性もあります。

一つの家族で自殺者が何人もいるというのは
珍しい話ではありません。

自死遺族の自殺率が高いと言われていますが
自殺予防は自死遺族支援だとも言われます。

生き残っても辛い毎日。
常に襲ってくる希死念慮との闘い。
私も母もそうでした。

母は「自殺したお父さんが悪いんだから・・・ただ、黙って耐えていればいいんだ」
と私に言い続けました。

私はその言葉に「どうして?」と聞いたら母は「そういうもんだから」と。

「そういうものって何?」私は母に何度も問いましたが
母はただ「そういうものなの」としか答えてくれませんでした。

私はその時の母の「そういうもんだ」
という答えに納得が出来ず、ここまできたような気もします。



自殺は「追い込まれた死」とも言われます。

我が国の自殺者数は、
平成10年以降、14年連続して3万人を超える状態が続いていましたが、
24年は2万7,858人であり、9年以来、15年振りに3万人を下回りました。

これは自殺対策に国全体が必至で取り組んだ結果であります。
素晴らしいことですがそれでも依然2万人を超えています。

交通事故で亡くなる方が年間5千人程なのでそれに比べると
いかに自殺者数が多いかということがよく分かります。

データでは「2万分の1」は大したことがないように感じますが
家族やその周辺の人にとってはそのたった一人がかけがえのない人です。

遺された自死遺族として何が出来るか・・・
力不足を感じて、模索模索の日々です。

ただ、大切な人が自殺をして苦しんでいる人たちがいる
という現実があることをもっと知って欲しい。

そして遺された人にはそれぞれのストーリーがあります。
私だけのストーリーではなく、
みんなが自殺で亡くなられた方のことを
それぞれの悲しみを身近な人に語れる社会になって欲しい。

たくさんの失われた命を、語れず無かった事にしてほしくない。

そんな社会になれることを目指してこれからも活動していきたいと思います。